2009年7月7日火曜日

知ってるようで知らない神道、その4

こんにちわ、s.a.iです。

珍しく4日連続で書いてますwww

さて、前回の続きですが、今回は古代の『言葉』についてからです。
古代日本で使われていた言葉、それは『大和言葉』といわれ今の日本語の大元であるといいます。その単語数は今ほど多くなく、『言葉』は多くの意味を持ちました。その為、広い意味で同じものは一つの言葉で表されるのが当たり前でした。
例をあげるならば、現在の『空』のことを当時は『天』(あま)と呼び、また『海』も『海』(あま)と呼び表わしました。これは、両方ともとてつもなく広いという意味だったといいます。まぁ、空も海もその端がわからないくらい広く感じたものですから同じ意味だったんでしょう。
同様に『神』(かみ)とは『上』(かみ)のことであり、自分たちよりも高い能力を持つ者、または自分たちが遠く及ばないものを指し示したとされています。
そのため、とある地方では、人間よりも早く走ることのできる狼を『犬神』と呼び、ある地方では、人間には叶わない空を飛ぶことができるカラスを『神の使者』としたとあります。
同様のことで、自然に対しても同じ意味を持たせたといいます。大地に光と暖を与える太陽は『日神』、夜の暗闇を照らす月は『月神』、山には『山神』、海には『海神』というように、自分達にない力に対して上(神)と呼んだといいます。
後に、自分たちを統治する人物もまた自分たちよりも高い能力者であるということから、死後に崇めるという風習ができてきます。自分たちを統治する存在、すなわち大王(おおきみ)は死語に神となり、自分たちを守ってくださる。その為に崇め奉ることが必要であることから、『前方後円墳』という塚(墓)ができました。祖霊信仰の始まりです。神道の世界では、このように自然界のあらゆるものを神とする自然神と祖霊を神とする人格神の2種類が混在する形へとなるのです。

ちなみに、学問の神といわれる『菅原道真』などは、死後に京の町に祟りと雷雲を呼び起こしたといわれ、学問の神であると同時に、雷神でもあるとされています。時代が進むにつれて、このように祖霊を奉ると共に鎮魂の意味も持つ場合があり、道真公は人格神、自然神のどちらも兼ねるなんてことも出てきますが、それは後々の話。

とまぁ、ありとあらゆるものを奉ってきたため、神道の世界では『八百万の神』(やおよろずのかみ)と称されるように、多くの神様が登場することになるわけです。

今回までで、神道の概ねの考えが理解できたのではないかと思います(ホントか?)
なので、次回からは、時代を進めて『日本神話』の話へと移りますw
やっとそれらしい話に移れるwww
ではまた。

2 件のコメント:

  1. 自然や特定の人物を神格化するプロセスだねw
    これって、乃木神社とか東郷神社の縁起にも、繋がっていくんだよね?

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  2. 縁起物や験担ぎは全て神道の考えからきていますから、繋がりがあるでしょうね。
    詳しくしらべないとわかりませんが…。

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